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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)5096号 判決

反訴原告 日本ランドシステム株式会社

反訴被告 株式会社さがみ

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金九二四万五七五五円及びうち金八二二万一二〇〇円に対する昭和五二年五月一日から右完済に至るまで年一割五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、反訴被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一、三項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  反訴原告

「反訴被告は、反訴原告に対し、九六五万九二〇〇円及びうち八二二万一二〇〇円に対する昭和五二年五月一日から年一割五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、反訴被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言

2  反訴被告

「反訴原告の反訴請求を棄却する。訴訟費用は、反訴原告の負担とする。」との判決

二  当事者の主張

1  請求の原因

(一)  反訴原告は、昭和五一年一月三〇日、反訴被告に対し、日本電気株式会社製コンピユーター「システム一〇〇」一式(以下「本件コンピユーター」という。)を次の約定で賃貸した。

(1)  期間 昭和五一年二月一日から昭和五六年一月末日まで

(2)  賃料 月額一九万一八〇〇円とし、毎月一日にその月分を支払う。

(3)  双方とも、右期間中は、本件賃貸借契約を任意に解約することはできない。

(4)  反訴被告が賃料の支払を遅滞したときは、反訴原告は、催告を要しないで本件賃貸借契約を解除することができる。

(5)  反訴被告は、本件賃貸借契約を解除されたときは、反訴原告に対し、その時までの賃借月数に一一万七九〇〇円を乗じた額を八六四万七一〇〇円から控除した額を損害金として支払う。

(6)  遅延損害金 年一割五分の割合

(7)  反訴被告は、反訴原告に対し、反訴原告が本件賃貸借契約に関する紛争の解決のために要した弁護士費用一切を負担する。

(二)  反訴被告は、昭和五一年一〇月分から昭和五二年四月分までの賃料一三四万二六〇〇円の支払を遅滞したため、反訴原告は、反訴被告に対し、同年一一月二二日にその支払を催告し、昭和五二年四月二〇日に本件賃貸借契約を解除した。

(三)  右契約解除までの賃貸月数は、一五カ月であるから、解除に基づき反訴被告が支払うべき約定損害金は六八七万八六〇〇円となる。また、反訴原告は、本件訴訟の提起、追行を弁護士に委任し、その費用として一四三万八〇〇〇円を要した。

(四)  よつて、前記延滞賃料一三四万二六〇〇円、約定損害金六八七万八六〇〇円、弁護士費用一四三万八〇〇〇円の合計九六五万九二〇〇円及びうち弁護士費用を控除した八二二万一二〇〇円に対する本件賃貸借契約解除の日より後の日である昭和五二年五月一日から右完済に至るまで年一割五分の割合による約定遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する認否と反訴被告の主張

(一)  請求の原因(一)、(二)の事実は認めるが、(三)の事実は争う。

(二)  反訴被告は、呉服の加工、販売等を業とする会社であるが、その業務内容の主なものは、生地を仕入れ、問屋からの注文に基づいて生地をデザイン、染色の上、振袖、留袖、帯等に仕上げて卸販売することである。そして、本件コンピユーターの賃貸借契約の締結に当たつて、反訴被告と反訴原告とは、本件コンピユーターが一日の営業時間内に、前日分の取引結果を、取引先と品目をもとに加工、在庫、売上げ、特殊の部門別に整理集計してフアイル保存し、この各フアイルから反訴被告の業務処理上の必要に応じて売上日報、月報、加工台帳、加工先別、課別得意先別仕掛反数表、納期超過明細表、同警告表、買取明細表、しみ抜代計数表を作成し得るかどうかを検討し、反訴原告がそのような総合経営管理システムが可能であると確約したことによつて本件コンピユーターの賃貸借契約を締結したのである。ところが、反訴被告が本件コンピユーターを使用し始めたところ、反訴原告が確約した前記成果を上げることはできなかつた。その後、反訴被告は、反訴原告に対し、その改善を催告したが、結局、本件コンピユーターでは、右成果が得られることは不可能であることが判明した。

このように、反訴原告は、約定を履行しなかつたのであるから、反訴被告には賃料支払義務はないのであり、反訴被告が賃料を支払わなかつたとしても、債務不履行の責任はなく、したがつて、反訴原告から契約を解除することはできず、本件請求は、失当である。

(三)  仮に、反訴原告が右のような確約をしなかつたとしても、反訴被告は、反訴原告が総合経営管理システムを確立してくれるものと信じて、本件コンピユーターの賃貸借契約を締結したものであり、結局、本件コンピユーターによつては同システムを確立することが不可能であるのであるから、本件契約は、錯誤によるものであり、無効である。

3  反訴被告の主張に対する認否

本件コンピユーターの賃貸借契約締結に当たつて、反訴原告が反訴被告が主張するようなことを確約したことはない。また、反訴被告の主張する総合経営管理システムの確立が本件契約の内容となつているものではなく、同被告に錯誤はない。

理由

一  請求の原因事実のうち(一)、(二)の事実については、当事者に争いがない。  二 反訴被告は、本件コンピユーターの賃貸借契約締結に当たつて、反訴原告は、反訴被告に対し、反訴被告の業務を本件コンピユーターをもつて総合経営管理システムによつて処理することができると確約したと主張する。

成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第二号証、原本の存在及び成立について争いのない甲第八号証、証人守屋和雄の証言(一回)によつて原本の存在及び真正に成立したものと認められる甲第一号証から第四号証まで、甲第九号証、甲第一三号証の一から三まで、同証言(一、二回)、証人北島禎二の証言(一、二回。いずれも後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

反訴被告は、呉服の加工、販売等を目的とする株式会社であるが、その業務の主なものは、呉服の生地を仕入れ、問屋からの注文に基づいて生地をデザイン、染色の上、振袖、留袖、帯等に仕上げて卸販売するものであつて、染色、仕上げ等の加工部門の仕事の大半は、下請業者に下請けさせていた。この加工の仕事は、一反の呉服を完成するのに一〇近くの段階に分かれ、それぞれの下請業が異なるなど複雑な工程をたどり、それを順序よく、遅滞を生ぜさせずに事を運ぶには、どの反物が現在、どの下請業者の手許にあるかを常に把握し、問屋への納期に間に合わせなければならず、その反物の数は、常時三〇〇〇反にものぼつていたため、加工台帳に加工納入伝票に基づいて一つ一つ手作業によつて記入していたのでは、管理能力の枠外になるようになつた。そこで、反訴被告としては、コンピユーターを導入し、それによつて右事務に加え在庫、売上げの整理集計事務、給与等の計算も処理する総合経営管理システムが確立し得ないものか考えていたところ、そのような反訴被告の計画を知つた日本タイムシエア株式会社がその職員を反訴被告のもとに派遣し、コンピユーターを導入することを強く勧めるようになつた。反訴被告は、昭和五〇年の夏から年末にかけて日本タイムシエアと種々、折衝した末、同会社が反訴被告が希望する総合経営管理システムが可能であると確約したことによつて、本件コンピユーターを導入することを決定した。コンピユーターの導入にあつては、コンピユーター自体を買い取る方法とコンピユーターを賃借する方法の二通りがあつたが、反訴被告は、後者の方法を選んだ。

反訴原告は、不動産、動産の賃貸、売買等を目的とする株式会社であるが、コンピユーターを導入し、それを使用したいが、それを買い取る資力まではない者が存在する場合に、コンピユーターの売主からこれを買い取り、それを必要とする者に賃貸することもその業務の一つとしていた。このような場合には、あらかじめ、コンピユーターの売主とその需要者とが種々協議の上、需要者の業務に適するコンピユーターの機種を選定し、需要者が反訴原告にその賃借を申し入れるとともに、コンピユーターの売主が反訴原告にそれを売り付け、同原告がそれを需要者に賃貸する仕組となつていた。そして、反訴原告は、コンピユーターの売主と需要者とが協議し、需要者の事務の処理に最も適した機種を選定した結果、売主からの買取り、需要者からの賃借の申入れを受けて、その機種を買い取り、賃貸するのであり、その機種が需要者にとつてはたして最適であるかどうかについては、関与するものではない。

反訴被告は、本件コンピユーターを賃借して使用する方法を選択したため、日本タイムシエアは、本件コンピユーターを反訴原告に売り渡し、反訴原告が反訴被告に対し、請求の原因(一)に記載のとおりの約定でそれを賃貸することとなり、右賃貸借契約は、昭和五一年一月三〇日、締結された(右契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。)。

本件コンピユーターの賃貸借契約の締結に当たつて、反訴原告と反訴被告との間で前記約定以外に本件コンピユーターが反訴被告が希望した同被告の業務の総合経営管理システムを可能にする能力を持ち、反訴原告がそれを保証する旨の確約を同原告がしたことはなかつた。

本件コンピユーターを賃借後、日本タイムシエアの技術者が数カ月かかつて、加工部門におけるプログラミングを試みたが、本件コンピユーターの処理能力が小さかつたため、反訴被告の右業務を処理することができずに、それを行うとすれば、従前どおりの手作業で行う時間の数倍を要することが分かり、同被告が希望し、日本タイムシエアが確約した総合経営管理システムの実現は、全く夢物語であることが判明した。そこで、反訴被告は、自分が希望したとおりの成果が挙がらないコンピユーターに賃料を支払う必要はないと判断し、昭和五一年一〇月以降、反訴原告に対して賃料を支払うことを拒絶して来た(同年同月から反訴被告が賃料を支払つていないことは、当事者間に争いがない。)。

証人北島禎二の証言(一、二回)中右認定に反する部分は、信用することができない。

右認定にかかる事実のように日本タイムシエアが反訴被告に本件コンピユーターの導入を勧めるのに当たつて本件コンピユーターが加工部門のシステム化はもとより、総合経営管理システムの確立をすることができるものであると確約し、同被告がそう信じたものではあるが、日本タイムシエアは、反訴原告に対し、本件コンピユーターがそのような能力を有するものであるとして売り渡したものでもなく、反訴原告も、そのような能力を有するものであることを契約の内容として本件賃貸借契約を締結したものではない。

したがつて、右事実によれば、反訴被告の前記主張は、理由がない。

三  反訴被告は、本件賃貸借契約は、錯誤によつて無効であると主張する。

反訴被告が本件コンピユーターが同被告が希望する総合経営管理システムを確立し得るものと信じていたところ、その能力を有するものではなかつたことは、前記認定のとおりであるが、そのような事実があつたとしても、本件賃貸借契約において、それが要素の錯誤になるとはいうことはできず、右錯誤は、動機の錯誤にとどまるというべきである。そして、右のような事実は、本件賃貸借の締結に当たつて反訴原告に対して表示されたことを認めるのに足りる証拠はないから、右動機の錯誤は、本件賃貸借契約を無効とするものではない。

四  すると、反訴被告が本件コンピユーターの賃料支払を拒むべき理由はないから、反訴原告がした本件賃貸借契約の解除は、有効であるといわなければならない。

五  反訴被告が昭和五一年一〇月分から昭和五二年四月分までの本件コンピユーターの賃料一三四万二六〇〇円を支払つていないことは、当事者間に争いがなく、契約解除に伴つて反訴被告が支払うべき違約金の額は、前記争いのない事実によれば、六八七万八六〇〇円であることが認められ、成立に争いのない乙第五号証によれば、反訴原告が反訴被告との本件紛争の解決のために要する弁護士費用の額は、一〇二万四五五五円であることが認められる。

六  よつて、反訴原告の本件請求は、九二四万五七五五円及びうち弁護士費用を控除した八二二万一二〇〇円に対する本件契約解除の日の後の日である昭和五二年五月一日から右完済に至るまでの年一割五分の割合による約定遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の、仮執行の宣言については同法一九六条一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 榎本恭博)

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